鼻毛哲学
何故、そこから出てしまうのか。
穴から出る意味が果たしてあるのだろうか。
目の前のレジの店員さんの鼻から
恥ずかしげもなく出ているそれは
私にその在り方を考えさせていた。
何故、うっかり出てしまうのか。
普通は、少しでも奴らが背伸びでもしようものなら、
まるで森山良子が歌っているかのように
ざわわ、ざわわと騒ぎ出す感覚があるはずだ。
感覚が麻痺しているのか。
それとも、
竹が成長する速さですこぶる背を伸ばし、
周りの仲間に触れることなく外部に出てしまうというのか。
暗闇の中から出るまでは
隠密の如く足音もなく存在を消し、
闇からからスッと明るみに出たとおもったら
まさに金剛力士の様に存在感を出し続けるのである。
女友達数名でちょっと遠出した時だ。
車でワイワイとドライブしていた。
途中のサービスエリアで用を足した後、
手を洗ってふと鏡をみた。
まさに右穴から金剛力士が存在感を成していたのである。
いつから?
森山良子の鼻歌さえ聞こえなかった。
車内ではずっと笑っていた気がする。
絶対みんな気づいているはずだ。
私の両親曰く、
伊東四朗張りに「ニン!」とすると奴らはすぐに顔を出すのだそうだ。
大変だ。「ニン!」どころではなかった。
私は急いでこれを抹消すべきと判断した。
しかし毛抜き、まさかハサミなど持ち歩いていない。
これは素手で行くしかない。
爪で挟んでグッと力を入れた。
すると抜けずにカールをつけて
存在感を倍増させたのだ。
髪の毛を爪で挟んでスーっと引っ張ると
くるくるとネジの様に丸まるアレである。
しかし、くるくるになってくれれば良いものの、
若干オシャレにワンカールになってしまった。
仕方ない、グッと中に押し込んで
細心の注意を払い、
一人の友達にこの件をそっと伝え、
右穴を見張ってもらっていた。
その日は何事もなく終わり、
家に帰って確認したら
奴はいなくなっていた。
一体何処へ?
摩訶不思議である。
小学4年生くらいだろうか?
将棋界に新鋭気鋭の天才がデビュー、
タイトルを総ナメ、
メディアも騒いでいて、
テレビでも良くその名前が聞こえてきていた。
羽生名人こと羽生善治その人である。
まだ幼かったため、この人の凄さを知らなかったのだが、こんなに騒いでいるのだ。
とてもすごい人なのだろう。
顔をしっかり見たことはなかった。
名前は知っていた。
何も知らない無垢な少女は
天才と言われる彼を初めてテレビで観た。
その時、
脳天を撃ち抜かれるほど、
青天の霹靂、
度肝をぬく衝撃を受けた。
天才の両穴から大量に突き出とる。
1本2本なんて生温い。
もう言ってしまえば
小ぶりのバフンウニといったところか。
子供ながらに
え?
こんなに出してるけどわざとなの?
気づいてないの?
誰も教えてあげなかったの?
いや、脇毛を生やした女性タレントもいたぐらいだ。
わざと伸ばしているのかもしれない。
ゲン担ぎという可能性もある。
・・などと、混乱したのを覚えている。
今思うと問題はそこではないくらい、
羽生善治の才能が凄かったのだ。
たとえ両穴から仁王像が顔を出していたとしても、
その存在をかき消すぐらいの才能がそれを打ち消したに違いない。
しかし、後にも先にもあんな状態のものは初体験であった。
将棋で名人なんて、
尋常じゃない頭脳と精神力、
技量がないと出来ないし、
将棋にあまり詳しくない私でも
羽生名人はすば抜けて神的な凄さなのだとわかる。
将棋しか見えていないのだ。
たかが両穴から出ているだけだ。
そう思えてしまう。
むしろこの出てしまっていると言う隙が、
尋常じゃない非凡なオーラを際立たせるのか。
ああ、これが鼻毛の向こう側ということか。
最近のこざっぱりした羽生名人を見ると
少し寂しい気持ちにさえなるほどだ。
隠密同心の如く(大江戸捜査網)正体を隠し、
たまに森山良子・・
いやもう直太朗も一緒に歌い出し、
はたまた仁王像の存在感を出し、
陰で支える名脇役と、
様々な顔を持つとは。
摩訶不思議である。
目の前でにこやかに笑う
店員さんの鼻毛を見つめ、
穴から出る意味・・答えはまだ出ていない。
と、そんなことを思いながらコンビニを出た昼下がりの午後であった。